2015年01月02日

新年あけましておめでとうございます。

2015

家族共々、本年もよろしくお願いいたします。

最近は、自分の考えや気持ちをどうしても文字にして残しておきたいという以外は
あまりブログへの書き込みはしなくなりましたが、
本年も本音で向き合いたい場所ですので、たまに見てやってください。
  

Posted by mrgntknk at 22:40Comments(0) 雑記 

2014年12月26日

Gueen Live「Queen Festival 2014」ほか

12月20日(土)

今冬のGueenはフレディ・マーキュリーの命日より、
日程的にクリスマスライブのような感覚でした。
僕としては、年内重要業務がある程度片付いていたおかげで、
気持ちを持って行きやすかったライブでした。

本当は部活をやっている部員や他校生徒に見て欲しい。
手前味噌ながら、ライブから発見、学べることがたくさんあると思っています。
そしてできることならローディーをやって、
ライブ・イベントを作る部分も学んで欲しい。
自分の所有物でもない重い楽器を運ぶことから気付くことがあるはず。
僕がそうでした。

また、毎回周りの人たちにライブチラシを配っていますが、
わざわざ足を運んでまで音楽を生で体感したいという人が
じつはそれほどいないのかもと感じたりもしています。
そしてその多くは食わず嫌いのような状態だろうとも思っています。
これからの大きな課題、使命です。舞台芸術を守っていくための。

「ゴメン今回は」と言ってくれる人もいます。
でもデーモン閣下が言うように、ライブはその1回限りのもので、
同じことは2度とできないわけです。だからライブなわけで。
衣裳しかり、選曲しかり、ネタ仕込みしかり。
気を遣っていただいているのはわかるのですが、連絡はいりません。
そのほうが最後まで気持ちを維持できるのです。

今回はサマソニで来日した本家Queenを再現すること、それから
少し前に発売になった新しいアルバムからも演ってしまおうという、
Gueenだからこそのステージ作りに挑みました。
だからアダム・ランバートも、マイケル・ジャクソンも出てきちゃうのです。

小川文明さん追悼も大切なコーナーでした。
2009年、Queen Maniaと対バンでO-Eastでライブをやった際、
初めてそして唯一文明さんとお話しをさせてもらいました。
やったモン勝ち、自由を教えてもらいました。
追悼のminimoog実機演奏のため、
ライブ数日前に宮地楽器でメンテをしてもらいました。
気持ち入れて弾きました。

Gueen一座。
大人たちが大風呂敷広げてお客さんを喜ばせようと、
本気で遊び、実験しながら、それぞれの本業に還元していく流れ。
中にいて、本当に強い集団だなと感じます。

悪天候、寒い中、約600人のお客さんに集まってもらえました。
20数年続けられている理由はコレしかないと思っています。
これからもその思いに答えていきたいです。
できれば、、、、、グッズも買ってくださいw


(SE) Procession
1. Now I'm Here
2. Stone Cold Crazy
3. I Want It All
MC
4. Under Pressure
5. Another One Bites The Dust
6. Fat Bottomed Girls
7. I'm In Love With My Car
MC
8. Love Of My Life
9. Killer Queen
10. Bicycle Race
11. No One But You
MC
12. Seven Seas Of Rhye(小川文明さん追悼)
13. Great King Rat
14. My Fairy King
15. White Queen
16. '39
MC(メンバー紹介)
17. These Are The Days Of Our Lives
18. Radio Ga Ga
19. Tie Your Mother Down
20. I Was Born To Love You
21. Teo Torriatte
EC
22. Crazy Little Thing Called Love
MC
23. There Must Be More To Life Than This
MC
24.Bohemian Rhapsody
25.We Will Rock You
26.We Are The Champions
27. God Save The Queen

UstreamにFull Sizeでアップされました。

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12月21日(日)

翌日は朝から、高校軽音楽連盟主催の1年生バンドの大会でした。
現任校が会場になるという流れは、春には予想していない事でした。
部員にとっては出向くことなく他校を知れるチャンスでした。
Gueenで前日仕込みをお休みさせてもらいましたが、
しっかりと準備は整っていました。

夏の県大会と違って、
出演者が互いに評価し合い、その得票数の順に賞を決めました。
我が校は最優秀、優秀の次、奨励賞をいただきました。
順位的には7位。僕の評価は片手以内でしたから少しズレがありました。
おそらく選曲でしょう。

我が校は部員が少なく、組めるバンド数やメンバーは限られます。
その中で今年2人のドラムが入部してくれました。
2人とも吹奏楽部出身でプレイも安定しています。
これは他校と比べて大きな武器になると思っています。

部活は勝ち負けがすべてではないけれど、
やるからには、より上の評価がもらえたほうがいいに決まっている。
ただすべての部員たちはその意識が低いです。
自分の好きな事へ傾ける熱量が圧倒的に足りません。
そしてそのベクトルが部活、バンドに向いていないような気がします。
それでは自分たちが口にした県大会予選突破は難しいです。

同じ部活の仲間を思いやる気持ちが欠けています。
生活が乱れている仲間を叱咤する行為、それも思いやりです。
仲間が脱落すれば、その影響は必ず自分に返ってきます。

しっかりと挨拶ができない人間を、
身だしなみがだらしない人間を、
時間を守れない人間を、
知らない人たちは信用しようという気持ちになりません。
なんやかんや言って、人は見た目で判断されます。
初対面なら会った瞬間にランク付けされてしまうのです。
一度与えた印象はなかなか変えられません。

バンド演奏と関係ない部分に思えるけれど、
演奏を正当に評価してもらえないことほど悔しいことはないでしょう。
今回そんなことはなかったけどね。

2名の講師の方に来ていただき、1バンドずつ講評を頂きました。
1年生のレベルの高さに驚き褒めてくださいました。ただ、
僕の感覚だと、もっと上手でもいいだろというのが正直なところです。
もっとできるはずです。

基本的な部分が身についていません。
チューニング、リズム、コードをしっかり押さえる、、、
すべてアンサンブル以前、個人練習の段階でクリアしておくことです。
これが吹奏楽部だったら大会にすら出させてもらえません。
関東近隣県に大会に出てくるバンドでそんなのはいません。
頑張って欲しいと思います。まだまだです。

講師で来てくださった重廣誠さんと、
審査集計時間のあいだ、一緒に音を出す命を受け、
顧問代表でセッションをさせてもらいました。
最初のコードだけ事前に決めておいてその場で展開していく、
まあよくやるお遊びですけれど、
当然ながら1年生には未体験な瞬間だったろうし、
それを見てもらえただけでも、そして
6弦ベースの世界を感じ取ってもらえただけでも有意義だったかなと思います。
僕はそのあいだ、仕事を忘れました。 楽しかったです。

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12月23日(火)

前任校音楽部卒業生が企画したライブがあり、
ゲストで演奏して欲しいということで、
高校生に混じって、大人バンドで3曲演奏してきました。

ライブ等々立て込んでいたせいで車に積みっぱなしだったminimoog、
もう1台はオルガン。初の試みで斜めセッティングをしました。
手持ちのLG100の腕を本来取り付ける場所(T字部分)からずらし、
四つ足スタンドの上には補強の板を乗せ・・・・できるではないか!
楽しんでもらえたらそれでいいのです。

イベントを企画する大変さを学んだのではと思います。
在学中から教員に対しても言いたいことをはっきり言う生徒だったし、
自分のやりたいことを明確にしながら動いていたので、
今回のイベント企画は、新しい環境で活動する中での自然の流れだったと思うし、
部活の後輩やOBたちがサポートくれている様も見ていてほほえましく、
進行中や終わってからもいろいろとトラブルはあったようで、
それを手を差し伸べずに放っておいたのも辛かったけれど、
達成感は何にも代え難いものだったと思います。
今回勉強したことを次の企画に活かして、また動き出すに違いありません。
半年で強くなったなあと、感心して見ていました。

ひとつだけ残念というか、ショックだったのは
音楽部にいたある部員の環境が変わってしまっていたこと。
3年生に進級するに当たってかなり難しい状態のとき、
その案件に僕が絡んでいたこともあって、
無事卒業までと願って、いや、祈っていたのですが。。。

過去を悔やんでも仕方ないので、言えることは、
自分が思い描いたことにブレないで欲しいということです。
自分の居場所(夢?)を取るのか、仲間を取るのか、
なにか1つを選択しなきゃいけないときもあると思うけれど、
これから3年後、5年後のことも考えて決めて欲しいです。
その瞬間は勇気がいるだろうけれど、
背負うものが少ない間は何でもできるよなって、この年齢になると思います。

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(現役生もいるのでボカしています)
  

Posted by mrgntknk at 08:21Comments(2) 音楽 

2014年11月04日

校歌斉唱

今日現任校でちょっとだけ新しい取り組みを始めてみました。

えっ?と思うかも知れないけれど「全校集会で校歌を生で歌う」という試み、
いや、これから習慣にしていかねばという内容です。

この春現任校に赴任して驚いたのが、
校歌斉唱のコーナーになるとCDで音源を流し、
それがとても形式だけの行為になっていることでした。
そんな空気は生徒へ敏感に伝わるもので、声を出して歌う人はごく少数。
その姿は味気なく滑稽でした。
それまで音楽専任の先生がいなかったにせよ、少し怠慢に映ってしまいました。

僕の立場で学校の仕事をさせてもらっている以上、
「これをやった」という結果を残しておきたいという気持ちがありました。
「全校集会で校歌を生で歌う」ことを定着させよう。

まずはピアノ伴奏の譜面を作りました。
CD音源を元にリハーモナイズして、
極端に古臭い響きにならないようアレンジしました。
(ちなみに校歌は下総皖一氏作曲です!!!)
6月くらいから伴奏者の募集をしました。
めぼしい奴らに譜面を配ってみました。しかし学内の反応はイマイチでした。
そんなとき同じ学年団の先生が、担任クラスの男子生徒を紹介してくれました。
エレクトーン経験者だった彼は、
ピアノ鍵盤は重いと言いながらも、夏休みを使って一生懸命練習してくれました。
レッスンも何度かやりました。
10月からは授業のはじめに必ず校歌1番を歌うことにしました。

そして今日。
「校歌斉唱。」のアナウンスと共にCDが流れるこれまでと違って、
今日に至る経緯の説明から入り、
校歌指導がはじまって、厄介に思った生徒も多かったと思います。
でもとにかく続けていくしかないと思っています。
卒業式には歌声が響く体育館にしたいと思います。
最後に「声が小さい。30点!」と言って壇上から降りました。

生徒だけにあれこれ言うのも酷かと思います。
これまで集会の雰囲気からなんとなく感じていたのですが、
先生方もイマイチでした。
負の連鎖はそこにも問題があるかと思います。
だから今日は「先生方も元気よくお願いします。ご協力ください」と
あえて言いました。
ピアノ伴奏をしてくれた男子生徒は、
全校生徒を前にして、しっかり演奏してくれました。
どんどん上手になってきているなあと感じます。

こんな感じで毎月あたまは闘っていきます。

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Posted by mrgntknk at 21:34Comments(2) 音楽 

2014年08月31日

南阿蘇の旅

日本にはまだ知らないところ、行ってみたいと思うところがたくさんあります。

8月最終週、南阿蘇村へ旅行に行ってきました。
そのとき思ったことなどはリアルタイムでFacebookに上げましたので、
そちらをご覧ください。
こちらにはまだ使っていない写真を主に載せました。
結果的になんだか観光風味に見えてしまっているところ、本意ではないのですが。



ひと旅行するのにも大変な出費ですから、
今回ANAの「旅割75」でチケットをとりました。つまり払い戻しNG。
遅刻は怖いです。
朝6:20。羽田に向かう首都高が既に大渋滞、出だしから焦りまくりです。
途中まで一般道を使い、なんとか飛行機に間に合いました。

今回の旅の主目的は、お友達の住む古民家で一緒に時間を過ごすことでした。
それでも滅多にお目にかかれないものは観ておこうと。

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見てのとおり無人駅です。



白川水源にも行きました。
あたりまえですが、水がきれい。そしてとても冷たい。


休憩中。
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初日夜は、お隣りに住んでいる高校の美術の先生もやってきて、
遅くまでいろんな話をして盛り上がりました。
なかなか濃い旅のはじまりだったのですが・・・

最終日のみホテル泊の予定でしたが、
他人のお家に外泊初めての娘がギャン泣き。収拾がつかなくなり、
急遽次の日から連泊することに。

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面白い形の建物です。
音の反射が独特で、部屋のどこで話しても
すぐ近くでしゃべっているように聞こえます。
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話題性のある観光施設です。敷地内で一日過ごせるように考えられています。
逆に言うと、そういう仕組みになっています。
(専用駐車場も夜中は閉鎖。自由に外に出られないという)
我々のように南阿蘇の空気を感じたい人には、
この建物に泊まるだけか、他の場所のほうが良かったりするかもです。
じつは夜中抜け出して見ておきたいと思う所があったのですが、
それも叶わず。

温泉も外へ入りに行きました。
素晴らしい温泉がたくさんあるわけですから。

クーポンがたくさんついていて、何もしないのも勿体ないということで、
きのこを山ほど取って、デコベアなるものをやってみました。
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娘は気に入った様子で、
飛行機内でも
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お家に帰っても
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でも結局は3泊4日の2日目の日中〜夜以外は、お友達の所へ。
とくに3日目〜最終日は天候も悪く、農作業もままならないということで、
お家に行って、昼間からビールにお付き合いしました。
ドイツビールにはじまり、お友達が作ったビールまで。
地元(自家栽培)の野菜で作ったアテをいただきながら、
罪悪感を「仕方ない」という言葉に換えて。

三男のSくんと一緒に遊んだピアノも楽しかった。
彼はとってもリズム感が良くて、音に対する反応もいい。
次会ったときには頼もしく成長しているな、きっと。

ゆったりと過ごせた4日間だったと思います。
生きること、生活のこと、食のこと、環境のこと、気候のこと、
住む町のこと、自然のこと、人間関係のこと、ほかもっともっと、
気持ちを向けるところが広がったような気がします。

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ゆったりし過ぎて、往路同様、帰りの飛行機に間に合わなくなるところでした。
今回は本当に腹をくくりました。
おいおい、この村で渋滞かよ。レンタカーのガソリンも満タンにしなきゃ。
最悪自分だけは別ルート、翌日新幹線乗り継ぎでもいいやと思ったくらいです。
乗客が多くて、荷物整理に時間がかかって助かりました。
  

Posted by mrgntknk at 20:09Comments(0) 雑記 

2014年08月08日

高等学校軽音楽コンテスト埼玉大会を終えて

4歳から習っていたエレクトーンを小学校いっぱいで辞め、
辞めるときに「一生音楽はしない」と決意しました。
自分よりグレード(級)の低い生徒が自分よりも上手い、
言われるがままにグレード検定を受け、
取得したものは実際の実力を示すものではなかった、
小学生の時にその現実にショックを受け、
ただその世界から逃げたいだけだったのかも知れません。

ずっと封印していた音楽的行動をオープンにしたのが中学3年の夏休み。
自由研究で仲間3人でオリジナル曲を作り発表しました。
状況が歪曲して、学年発表会でもみんなの前で演奏する事になってしまいました。
その後の自分を決めた決定的な出来事でした。

当時の音楽の先生から卒業時、
『実のところ、音楽には深い関心があり、知識や考えを持っているのですが、
 いささか自分の世界にとどまったのが残念です。
 これからは、うんと前面に出て、アピールしよう!』
と書かれた「表彰状」をもらいました。
自分のそのときの気持ちも含めて、見事に言い当てられているなと思いました。

将来音楽の道に進みたいと親に打ち明けたのは、中3のそんなときでした。
親としてみれば、たかが一度の発表会で熱でも出したかと思ったでしょう。
僕の頭には子どもの頃から聴いていたYMOやゴダイゴ、
洋楽の中でも特に思い入れが強かったホール&オーツ、
そういった人たちが活躍するシーンで自分も同じようにやりたいという気持ちと、
もう一緒にやっている妄想がありました。

それならば基礎をしっかり勉強して音楽大学へ行きなさい、と
ロックの魂を抱えたまま、気持ちがモヤモヤしたまま、
クラシックの作曲のレッスンに通い続ける高校時代でした。

クラシックの勉強の反動は当然バンド活動に来るわけで、
当時で言う主要五教科の成績は早々と崩壊し、
バンド9割、作曲レッスン1割という高校生活を送るようになりました。
僕が今の生徒・部員に成績のことを強く言えないのは、
こんな自分があったからでもあります。

自分を音楽漬けにしたくて吹奏楽部に在籍し、
でも気持ちは完全にバンドに傾いていました。
高校に軽音部はありませんでした。
バンド活動は日曜日、街のリハーサルスタジオでの練習でした。
天満橋や天王寺のスタジオを使っていました。
のちに友人宅の空いたスペースに楽器を集め、安いドラムセットを買って、
リハーサルスタジオとして使えるようにしました。

バンドには目標がありました。
「秋の文化祭前夜祭のステージに立つこと」
そのオーディションに合格するために練習を重ねました。
自分たちのバンドはかなりイケてると思っていました。
高校1年、高校2年とオーディションに臨みました。結果は2回とも落選。
高校2年の文化祭をもってバンドは終了するという結成当初からの約束通り終了、
一度も前夜祭のステージに立てませんでした。
同級生のバンドが喝采の中演奏している姿を見て、
悔しさと情けなさから、
絶対プロになってやるという気持ちがさらに強くなっていきました。
バンドは結局イケてなかったわけですが、
ひとつだけ誇れることは、
一度もメンバーが替わることなく2年間活動できたということです。

その後本当に運良く、プロとして音楽活動できるようになれたのですが、
僕には音楽で賞をもらったとか、高い倍率のオーディションを勝ち抜いたとか、
そんな経験がありません。
だから、その高いハードルをクリアすることがどんなに大変かわかりません。
そしてクリアしたときの嬉しさも、実はわからないのです。


「第4回全国高等学校軽音楽コンテスト埼玉大会」がありました。

今の勤務校からは、
3年生バンドと1,2年生混合バンドが地区予選にエントリーしましたが、予選敗退。
今の部活の状況を考えたら、エントリーするという気持ちになっただけでも、
評価できる前向きな行動だったように思います。
そして悔しいと思ったならば、その気持ちを忘れないでいて欲しいと思います。

前任校は予選別地区から、3年生バンド2つがエントリーしました。
顧問ではなくなったけれど、人間関係がなくなるわけではないし、
数年間一緒に過ごした人間同士の情や絆があります。
制約や立場を取っ払ったひとりの人間として、とても結果が気になりました。

予選が終わった夜、Twitterで、うち1バンドが予選通過したと知りました。
早速返信。


8月6日、決勝当日。
僕は今年も舞台袖に一日中いました。ステージ上楽器周りの担当でした。
バンド名「ガラナ」が出演待機で舞台袖に来ました。

「お客さんは君たちのオリジナル曲を楽しみにしている。
 みんな味方。緊張する要素なんてどこにもない」
「歌詞をしっかり聞いている人に伝えること」
「気持ちが高ぶっても構わないけど、丁寧に演奏すること」
と言って送り出しました。

舞台袖で演奏を聴いた感じ、ちょっと地味かなと思いました。
去年も同じ状況で、部員たちの演奏を真横で聴いていました。
あのときは熱く、会場全体から伝わってくるものがありました。
今回はそれが感じられませんでした。
「丁寧に」なんてアドバイスしたのがマズかったかなと思いました。

審査発表のとき、僕は受賞バンドの整列・誘導係でした。
審査員講評の最後は、タケカワユキヒデさんでした。
斜め下から見ると猪瀬直樹に似ているなぁ(失礼しました!)なんて、、、
エントリーした各オリジナル曲のクオリティの高さを褒めてくださいました。

審査発表。
特別賞2,奨励賞3,準グラ、グランプリの順で発表がありました。
手応えがなかったので割と冷静に発表を聞き、
前に出てきた受賞バンドを、羨ましく思いながら整列させていました。

全国に行ける上の2つの受賞は無いと思っていました。
申し訳ないけれど僕の基準で判断して、ひいき目に見ても
それだけの圧倒された感はありませんでした。
前日のリハーサルで全バンドを聴いた時点で、上位2バンドは見えていました。
残り5つを審査員がどんな基準で評価し、決めるかというところでした。

ということで、
特別賞は、
圧倒的なパフォーマンスで沸かせたバンドと、超個性的なボーカルが目を惹いた、
いずれもカバー曲で臨んだ2バンドが選ばれました。
そして奨励賞の発表。
1校目。
2校目。
そして3校目。僕の中では最後の枠。
前任校の名前が、想像していたよりも淡々と呼ばれました。
それまで冷静に発表を聞いていたのですが、
その瞬間から数秒間、頭の思考が停止しました。
きっと本人たちは頭の中真っ白だったんじゃないかと思います。
前に出てきた彼らを整列させ、先頭にいた睦実(以下、睦)と軽く握手しました。
睦は泣いていました。その理由はあとになって知ることになるのですが。

評価を得たのは、彼らのオリジナル曲が持つチカラだったと思っています。
演奏力の高いバンドはいくつもありました。
今回最終的に賞を勝ち得たのは、
表現したいこと、楽曲・バンドへの思いの強さをステージで表すことができ、
なおかつ、見ている人にそれが届いたことではないかと思います。

顧問を離れ、しかもその夏のタイミングで何故? と運命を呪いましたが、
タイミングがそうだっただけで、
彼らの部活動の流れの中で、受賞は必然だったと今は思います。
自分の高校時代と比べてみても、演奏力も表現能力も素晴らしく、
自分の高校時代に彼らがいたら、きっと憧れの存在に見えたに違いありません。

前任校で顧問をしていた頃、
集会等で、大会で成績を残した運動部が表彰を受けている姿を、
羨ましく思って見ていました。
音楽部の彼らにも全校生徒の前でいい思いをさせてあげたい、
コンテストを目指すきっかけとなったのは、その程度のことでした。
9月の始業式には是非みんなの前で表彰してもらえるようにと
顧問の先生にお願いしておきました。

表彰式が終わって閉会してすぐに、
睦が賞状を持って僕のところへ走ってきました。ハグしました。
何人かの先生が見ていて、なかなか感動的な場面だったと思ったのですが、
どうやら誰もカメラには収めていなかったようです。

今の勤務校の部員もこの大会を見に来てくれていました。
予選で敗れて悔しい思いをしながら見ていた部員もいたと思います。
でも会場に足を運んでくれた姿勢を評価したいと思います。
絶対に次の一歩に繋がると信じています。

大会終了後、前任・現在勤務2校の交流会を設けました。
決して強制ではなく、会場で挨拶する程度のつもりが
生徒間でそういうことになりました。嬉しかったです。

日が経つにつれて、喜びがジワジワと広がってくる大会でした。

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Posted by mrgntknk at 15:36Comments(1)