2016年01月01日

新年あけましておめでとうございます。

綱渡りしているように生きている気がしてなりません。
今年も皆さんには何かとご迷惑おかけするかも知れませんが、
どうぞ宜しくお願いいたします。

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2015年01月02日

新年あけましておめでとうございます。

2015

家族共々、本年もよろしくお願いいたします。

最近は、自分の考えや気持ちをどうしても文字にして残しておきたいという以外は
あまりブログへの書き込みはしなくなりましたが、
本年も本音で向き合いたい場所ですので、たまに見てやってください。
  
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2014年08月31日

南阿蘇の旅

日本にはまだ知らないところ、行ってみたいと思うところがたくさんあります。

8月最終週、南阿蘇村へ旅行に行ってきました。
そのとき思ったことなどはリアルタイムでFacebookに上げましたので、
そちらをご覧ください。
こちらにはまだ使っていない写真を主に載せました。
結果的になんだか観光風味に見えてしまっているところ、本意ではないのですが。



ひと旅行するのにも大変な出費ですから、
今回ANAの「旅割75」でチケットをとりました。つまり払い戻しNG。
遅刻は怖いです。
朝6:20。羽田に向かう首都高が既に大渋滞、出だしから焦りまくりです。
途中まで一般道を使い、なんとか飛行機に間に合いました。

今回の旅の主目的は、お友達の住む古民家で一緒に時間を過ごすことでした。
それでも滅多にお目にかかれないものは観ておこうと。

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見てのとおり無人駅です。



白川水源にも行きました。
あたりまえですが、水がきれい。そしてとても冷たい。


休憩中。
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初日夜は、お隣りに住んでいる高校の美術の先生もやってきて、
遅くまでいろんな話をして盛り上がりました。
なかなか濃い旅のはじまりだったのですが・・・

最終日のみホテル泊の予定でしたが、
他人のお家に外泊初めての娘がギャン泣き。収拾がつかなくなり、
急遽次の日から連泊することに。

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面白い形の建物です。
音の反射が独特で、部屋のどこで話しても
すぐ近くでしゃべっているように聞こえます。
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話題性のある観光施設です。敷地内で一日過ごせるように考えられています。
逆に言うと、そういう仕組みになっています。
(専用駐車場も夜中は閉鎖。自由に外に出られないという)
我々のように南阿蘇の空気を感じたい人には、
この建物に泊まるだけか、他の場所のほうが良かったりするかもです。
じつは夜中抜け出して見ておきたいと思う所があったのですが、
それも叶わず。

温泉も外へ入りに行きました。
素晴らしい温泉がたくさんあるわけですから。

クーポンがたくさんついていて、何もしないのも勿体ないということで、
きのこを山ほど取って、デコベアなるものをやってみました。
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娘は気に入った様子で、
飛行機内でも
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お家に帰っても
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でも結局は3泊4日の2日目の日中〜夜以外は、お友達の所へ。
とくに3日目〜最終日は天候も悪く、農作業もままならないということで、
お家に行って、昼間からビールにお付き合いしました。
ドイツビールにはじまり、お友達が作ったビールまで。
地元(自家栽培)の野菜で作ったアテをいただきながら、
罪悪感を「仕方ない」という言葉に換えて。

三男のSくんと一緒に遊んだピアノも楽しかった。
彼はとってもリズム感が良くて、音に対する反応もいい。
次会ったときには頼もしく成長しているな、きっと。

ゆったりと過ごせた4日間だったと思います。
生きること、生活のこと、食のこと、環境のこと、気候のこと、
住む町のこと、自然のこと、人間関係のこと、ほかもっともっと、
気持ちを向けるところが広がったような気がします。

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ゆったりし過ぎて、往路同様、帰りの飛行機に間に合わなくなるところでした。
今回は本当に腹をくくりました。
おいおい、この村で渋滞かよ。レンタカーのガソリンも満タンにしなきゃ。
最悪自分だけは別ルート、翌日新幹線乗り継ぎでもいいやと思ったくらいです。
乗客が多くて、荷物整理に時間がかかって助かりました。
  
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2014年05月07日

歯医者

もう2年も定期検診を受けていないなと、
慣れ親しんだ歯医者に予約の電話をした。
すると「通信障害等の理由でおつなぎできません」
のような意味の自動応答が流れた。
改装でもしているんだろうかとHPにアクセスして驚いた。

先生はこの3月に、長い闘病の末、亡くなられたと載っていた。

歯医者だけは4歳頃からずっと通っていた。
何度も引っ越して、同じ場所で先生も替えたりしたから、
診てもらった先生は10人どころじゃないすまない。
そして40歳に近づいてやっと巡り会えたというか、
初めて自分からすすんで治療に行けるようになった先生だった。

患者を不安にさせない。
とにかく手際がいい。
プラス、治療費が良心的。

親知らずを全部抜いてもらったけれど、
抜いた後が大変ですよと言われた下の歯のときも、あっさりと、
そしてその後の腫れも全くなく。
僕の信頼はそのとき揺るぎないものになった。

体格が縦横にとても充実していた先生だったので、
もしかしたら・・・・と思うけれど。
震災の年、最後に治療してもらった歯が調子悪くなってきたので、
またほかの歯医者をさがします。

先生、お疲れさまでした。  
Posted by mrgntknk at 21:13Comments(0)

2014年04月01日

総括

娘が家族に加わったけれど、東日本大震災が起き、柳ジョージさんが亡くなった
私にとって劇的で、精神的にも金銭的にも辛かった2011年、秋のある日、
FREEN神戸ライブに向けてのリハ最中に、1本の電話が入りました。
今の自分の立ち位置を決める最初の電話でした。

年明け3学期から勤務することになった高校は、
教頭から「逃げる生徒を追いかけられるように、動きやすい格好で来てください」
と言われるようなところでした。
「教員」なんて仕事、まったくわかりません。
「公務員」なんなんだろ、その立場。
でも目の前にそれしかなかったので、やるしかありませんでした。
慣れないうちは、
持っていったお弁当を温めて開けた瞬間の匂いで食欲がなくなりました。
今思い返しても、最初の3ヶ月、
その3学期のあいだ、何をしていたんだかまったく思い出せません。
唯一覚えているのは、
音楽部が卒業発表と称して、演奏するかと思いきや、
ダンスを、それも練習不足の中途半端な発表を見せられて、
ガッカリして職員室に戻ったこと。
それが部活動の見直しに火をつけたきっかけだったかも知れません。

私の通っていた高校には軽音部はありませんでした。
うるさい、何をやっているんだかわからない遊びの集団、
そんな見方をされていたんだろうと思います。
ひとつ上の女の先輩が軽音部結成に向けて動いてくれていましたが、
ある日の教室片付けが不十分だったということで、
先生に反対され流れてしまいました。
放送室を地下活動の拠点としたのは、その一件があったからだったと思います。
私自身のクリエイティブなアイデアは、いつも放送室から生まれていました。

部活のテコ入れをはじめた2年前の新学期、
3人の3年生は人間的にも演奏も(部活内では)すでに絶対的な存在でした。
ずっと3人でブレずに活動を続けていました。
結局卒業してからも、彼らの固い絆は続いており、
学校にも3人揃ってよく顔を出してくれました。
ハッキリ言っておきたい。
メンバーがコロコロと変わるようなバンドは、良い音楽なんて出来やしないと。
高校の部活なんてたかが2年半。
2年半程度の時間を同じ仲間と目標定めてやっていけないようでは、
バンドだけじゃなく、普段の生活だって、人間関係だって、
決して良好に保てやしない。
よく「付き合って1ヶ月」と喜んでいる不可思議なカップルを見かけますが、
1ヶ月で祝うのは新生児だけでよろしい。
人間関係を長く保っていける自信が無いから、
記念日という、一見おめでたい出来事が訪れたかのように自分に暗示をかけ、
自分を安心させているに過ぎない。
そんな価値観じゃバンドでの地道な活動は無理だ。
そんな奴らに限ってバンドメンバーに甘い。
遅刻しても怒らない、待ってたよと受け入れる、
ココまで来るともう末期症状。バンド崩壊前夜。
何か言うと自分が嫌われると思うらしい。
無視される、孤独になるのが怖いのだそうだ。
誰かに対して怒ったり、注意したりする行為、そんなの誰だってしたくない。
でも大切な仲間が道を踏み外そうとしていたら、
声を大にして引きずり戻すことって絶対必要なんじゃないかい?
それをありがたいと思える心も必要だろう?
お互いにそういう関係が築けたら、その人とはずっと長く付き合っていける。

各学年それぞれの特徴がありました。
4期の部員を見させてもらったけれど、
人数が多い学年ほど危なっかしいのは予定調和。
隣の人の顔色を伺いながら、腫れ物を触るように事を進めていく様を見て、
彼らなりに気を遣いながら、
小社会の中で振る舞っているんだなと思ったりしました。
しかしバンドという感情表現の場では、時にそれが弊害になることがあります。
それを顧問としてコントロールできたかと言うと、疑問が残ります。

部活に限らず、学校生活の中で、
頻繁に話しかけてきてくれる生徒がいれば、
先生との距離間を絶対に崩さない生徒もそれ以上にいます。
高校時代の私は後者でした。
そんな昔の自分のような生徒とどれくらい接したら良いのか悩みました。
これからの課題です。

コンテスト出場という機会には、各パート選抜で特別編成バンドを組みました。
この選出方法は、事前に部員の意見を聞いて決めました。
運動部ではレギュラーがいて補欠がいます。でもバンドに補欠はいません。
ただ学校代表となると話は別。部活で最高の力を見せなくてはなりません。
人を選ぶということはとても辛い作業です。
明暗がはっきり見えてしまうからです。
と、ここまでは建前です。

その実際は、層が薄く、選ぶに当たってほとんど悩むことはありませんでした。
身内だけのマスターベーション的な練習じゃ、所詮そこまでなのです。
外の高校軽音楽のレベルを知って欲しい。
そこで自分のレベルを知って欲しい。
そんな気持ちから、他校、他県まで合同ライブに参加できる場所を探しました。
全国レベルのライブに参加させてもらえる機会もいただきました。
参加するのは本人たちの意志です。移動距離もあるので強制はできません。
出演した部員たちは、きっと何かを得たはずです。
そして一度も参加しなかった部員がいたことも事実です。

オリジナル楽曲への取り組みは必然の流れです。
今後の軽音部の世界では、自作曲を持っていないと
もう相手にしてもらえない空気になってきているということです。
最初の曲を作るときこそコード付けのサポートなどをしましたが、
次第に自分たちで考えながら出来るようになりました。
正直なところ、そこまでの成長は予想外でした。
高校生のライブはせいぜい20分前後でしょう。
その半分以上をオリジナル曲でセットリスト組めたら万々歳だと思います。

部活動、顧問としての舵取りには、間違いなく、
軽音部が無かった自分の高校時代の反動があったと思います。
発想の基本はいつも
「こんなことやったら面白いだろう」
「こんなことやったら部員以外の生徒が羨ましく思うんじゃないか」
というものでした。そして、
無茶な思いつきがあれこれ実現できたのは、
相方の顧問の先生の存在があったからだと思っています。
最初に学校へ出向いたとき、
クラリネットを吹いておられたという話を聞いたことにはじまり、
その後も多岐にわたる音楽の話をさせてもらいました。
管理職との交渉や根回し等、面倒な仕事ばかりに奔走していただきました。
部活動だけに限らず、様々な場面で私の心の支えになっていました。
榊原先生への感謝の気持ちは言葉では表せません。

前勤務校では、毎年3月終わりには、こぼれんばかりに桜が咲きます。
でも今年は開花が遅く、見ることが出来ませんでした。
私自身、桜には寂しさとか、はかなさみたいなイメージがあって、
あまりポジティブな気持ちになりません。
今年は遅咲きで良かったと思います。

今日4月1日で、すべてがリセットされたようで、
経験は武器になったかのようで、そうでもないようで、
でもとてもポジティブな年度初めとなりました。

また1年、新たな場所で頑張ります。

  
Posted by mrgntknk at 19:05Comments(2)